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マイルス・デイヴィスのアルバムを年別に紹介

1961年のMiles Davis

・脱退したジョン・コルトレーンに代わり、サックスがハンク・モブレーになる。

・マンハッタンの新居に移り住む。2014年にはこの家の周囲の通りがMiles Davis Way」と命名された。

「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」を録音・発表。

「オレはスターになっていたから、客は、オレをただ見るためか、何をするのか、どんな服を着ているのか、何を喋るのか、誰かを罵るのかと、まるで動物園の檻の中の怪物でも見るように集まっていた。本当に気が滅入ったものだ。」マイルス・デイビス自叙伝Ⅱ p.61

Someday My Prince Will Come

Someday My Prince Will Come

「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」

録音:1961

リリース:1961

[1961/03/07]

[1961/03/20]

[1961/03/21]

Miles Davis — trumpet

Hank Mobley — tenor saxophone on all tracks except "Teo"

John Coltrane — tenor saxophone on "Someday My Prince Will Come" (master) and "Teo"

Wynton Kelly — piano

Paul Chambers — bass

Jimmy Cobb — drums all tracks except "Blues No. 2"

Philly Joe Jones — drums on "Blues No. 2"

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ディズニーの白雪姫で有名な"Someday My Prince Will Come"(いつか王子様が)を含む作品。

・ジャケットの女性は、マイルスの当時の妻のフランシス・テイラー"Pfrancing"は彼女のために書かれた曲。

"Teo"はプロデューサーのテオ・マセロ、"Drad-Dog"は当時のコロンビアの社長ゴダード・リーバーソンの名前(逆に書くと"Goddard"になる)が由来となっている。

・"Pfrancing"は"No Blues"、"Teo"は"Neo"と同じ曲。

・レコーディングに際し、ジョン・コルトレーンが呼び戻されている。

・マイルスのポップな面が出た作品で、一般的な人気が非常に高く、ジャズの愛聴盤として挙げられることも多い。

重要度:★★★☆☆

「プロデューサーのテオ・マセロは、『ポーギーとベス』や『スケッチ・オブ・スペイン』辺りから、テープを切ったりつないだりして編集するようになっていたが、このレコードも、そうやってテオが作ったんだ。さらにオレとトレーンは、ソロを後からレコーディングしたりもした。この編集方法はテオのトレードマークみたいになったが、当時は珍しくて変わった、興味深いやり方だった。」マイルス・デイビス自叙伝Ⅱ p.61

 

「『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』で初めて、ジャケットに黒人の女性を使うようコロンビアに要求した。それで、フランシスがあのレコードのジャケットに登場したってわけだ。オレのレコードだったし、オレはフランシスの”プリンス”でもあったから当然だろ?」マイルス・デイビス自叙伝Ⅱ p.61

In Person, Friday Night At The Blackhawk, San Francisco, Volume I / In Person, Saturday Night At The Blackhawk, San Francisco, Volume II

ブラックホークのマイルス・デイビス Vol.1

ブラックホークのマイルス・デイビス Vol.2

ブラックホークマイルス・デイビス Vol.1-2」

録音:1961

リリース:1961

[Vol.1 - 1961/04/21]

[Vol.2 - 1961/04/22]

Miles Davis – trumpet

Hank Mobley – sax (tenor)

Wynton Kelly – piano

Paul Chambers – bass

Jimmy Cobb – drums

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アメリカ西海岸・サンフランシスコのジャズクラブブラックホークでのライブ。

・リリース順から言うと、これが初めてのライブアルバムだった。

・サックスはハンク・モブレー。マイルスは彼のプレーに満足していなかったという。

・クールなイメージの強いマイルスのホットな演奏に、当時ライブ演奏を聴いたことのなかった日本のリスナーは驚いたらしい。

・「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」に続き、ここでもジャケットにマイルスの妻のフランシス・テイラーが登場する。

「コンプリート・ブラックホーク」という完全盤も存在する。

重要度:★★★☆☆

「コロンビアは、オレ達を『ブラック・ホーク』でライブ・レコーディングしたが、バンドの連中もオレも、クラブに持ち込まれたたくさんの機材が気になってやりにくかった。スタッフが寄ってたかって音量のレベルなんかを調べたりして、調子も狂ってしまった。」マイルス・デイビス自叙伝Ⅱ p.62

Miles Davis At Carnegie Hall

アット・カーネギー・ホール

「アット・カーネギー・ホール」

録音:1961

リリース:1962

[1961/05/19]

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カーネギーホールでのギル・エヴァンス・オーケストラとの共演コンサート。

・当初は豪華な機材での録音が予定されていたが、マイルスが拒否したため、テオ・マセロが隠し録りしたものがこの作品。

"Someday My Prince Will Come"の演奏中にマックス・ローチがプラカードを持ってステージに上り、コンサート主催団体に抗議するという事件が起こる。

「コンプリート・カーネギー ホール」という完全版もある。

重要度:★★☆☆☆

「予想していなかった唯一の混乱は、マックス・ローチが何人かを引き連れてプロテストに来て、ステージに座り込んだことだ。オレは、気になって演奏できなくなってしまった。」 マイルス・デイビス自叙伝Ⅱ p.63