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マイルス・デイヴィスのアルバムを年別に紹介

1950年のMiles Davis

パリから帰国したマイルスは、アメリカでの評価の低さに苦しんでおり、この年はレコーディングもライブも少ない。

・3月にキャピトルでの「クールの誕生」の最後のレコーディングが終了するが、当時は商業的な成功や評価には結びつかなかった。

・これ以降数年は完全な薬物ジャンキー時代で、売春婦のヒモのようなことをして薬物代を稼いでいた。この暗黒時代は1954年に復活するまで続く。

・トランペットを質に入れてしまい、借りた楽器で演奏することもあったという

・9月にロサンゼルスでヘロインの不法所持で捕まり、牢屋に入れられるという経験をする。この件でマイルスのジャンキーぶりが知れ渡り、仕事を見つけるのに苦労することになったという。

「そのうち、クスリをやり続けるために、売春婦から金を受け取るようになった。自分がしていることがそれだと気づく前に、オレはヒモになりはじめていた。オレは、プロフェッショナル・ジャンキーだった。クスリが生きる目的の全てになって、仕事でさえも、クスリが手に入れやすいかどうかで決めていた。」マイルス・デイビス自叙伝Ⅰ p.219